〔7月20日UP!〕
なぜ大川小学校だけが大惨事となったのか
津波で全校児童の七割が犠牲に
菊地正憲=ジャーナリスト
〜「中央公論」2011年8月号掲載
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津波が来る直前、市河北総合支所地域振興課の及川利信課長補佐は、他の五人の支所職員とともに大川小付近にいた。拡声器で避難を呼びかけつつ、海に向かう車一台一台に引き返すよう説得していた。
「地区の人たちは、家の前で立ち話をするなどしてなかなか動こうとしませんでした。『ここまで津波は来ない』と考えていたのだと思います。実際、市の防災計画やハザードマップでも、釜谷での大津波は想定されていませんでした」
しかし、間もなく大津波は襲ってきた。及川課長補佐は大川小のあの裏山にやっとの思いでよじ登り、命拾いをした。六人の職員のうち、一人は津波に流され死亡している。その夜、みぞれが降る寒空の中、一六人が焚き火をして過ごした。大川小の児童三人もいて、ずっと押し黙り、憔悴しきった表情だった。助かった大川小の教員も見かけており、小さくなって疲れ切った様子だったという。
「あれだけの津波は想定していなかったにしても、海沿いに位置し、裏山の斜面も急な、もっと条件の悪い近隣の相川小、雄勝小の二校では、三階まで波を被りながら、学校にいた児童全員が山に登って無事でした。あの裏山は、子供が登れない斜面ではありません。倒木も見当たりませんでした」
過去には賠償認めた判例も
私はもう一度、大川小を訪れた。裏山は一部を除いてさほどの傾斜はなく、多少の雪があったとしても、子供でも十分に登れるように思えた。釜谷地区全体の死者・行方不明者数は、全住民の四割の約二〇〇人に及ぶ。津波を見ようと堤防に行って流されたり、在宅のまま犠牲になった人も多かったという。あのとき、やはり大人たちに油断と判断の誤りがあったのだろうか。
大川小は現在、市内の別の小学校に間借りして授業を続けている。校長に何度も取材を申し込んだが、その間借り先の小学校教頭が代弁し、「取材要請については校長に伝えたが、コメントは差し控えたいと言っている」と断ってきた。
石巻市教委は、大川小のケースについて次のように説明した。
「学校に避難しようとする地域住民への対応、保護者への引き渡しに手間取り、先生たちがすぐに避難行動に移れなかった面がある。海沿いの多くの学校で決まっていた二次避難場所が、大川小になかったのは問題だった。ただ、校庭への一時避難を行うなどの対応はとっているので、全面的に非があるとは認められない。ただ、遺族の心情は理解できる。一つ一つ誠意をもって対応するしかない」
小学校教員の人事権を持つ県教委にも取材したが、「県としても関心が高い事案だが、まずは市教委の判断、報告を待つ。こちらとして校長の処分などは考えていない」との返答だった。
後日、私は行政訴訟に詳しい知人の弁護士に、大川小のケースについて尋ねてみた。すると、業務上過失致死傷罪などの刑事事件の立件については「刑法ではあくまでも個人の注意義務違反などを対象としている」として可能性は低いとしたものの、民事訴訟は可能だとの見方を示した。
「一五年前、北海道で起きた豊浜トンネル岩盤崩落事故では、犠牲者の遺族に対し、行政の説明不足や不適切な事後対応についての慰謝料を認めて、国に賠償命令を下す判決が後に出ている。これは従来はなかったケースだった。ほかの事故や災害についても、同様に賠償が認められた事例がある」
百か日法要の六月十八日、大川小の合同供養式が市内でしめやかに営まれた。三五〇人が参列し、保護者らは遺族会結成を決めた。
供養式の後、ある遺族は「死亡・行方不明となった児童の保護者のうち、七割ぐらいはまだ納得していないと思う」と打ち明けた。「ここは六年前に石巻市と合併した旧河北町の辺境の小規模地区。『学校側を批判するのは、金が欲しいからだ』と集落内で邪推されるのが一番怖い。だから口をつぐんでしまう遺族もいる」と訴える保護者もいた。
「百か日を機に前へ歩み出したい」「子供はもう帰ってこないし、誰も責めたくはない」などとして、責任追及を避けようとの声があるのも事実だ。だが、不満を募らせる遺族らは、徹底検証のための第三者機関の設置などを求め、県知事、国への要望のほか、市への提訴も検討し始めている。
微妙な心情のずれが見え隠れする。大川小は前身の釜谷小学校が一八七三年に創立されてから、一四〇年近い歴史を持つ。地域のシンボルだった学校を取り巻くコミュニティーの絆に亀裂が入ることは、最も懸念されることだろう。
津波は不可抗力だったとの見方がある。現場にいた教員は全力を尽くそうとしたと信じたいし、そのほとんどが犠牲になった事実も重い。けれども、学校で起きてしまった結果への責任はあまりに重大だ。マニュアルの不備や、「五一分」の間に取った行動が最善でなかったことも明らかだろう。遺族たちは、なお悔やんでも悔やみきれない心境に沈んでおり、心のケアも求められている。未来を断たれた子供たちのためにも、そして二度と同じ悲劇を繰り返さないためにも、学校側は「何が起こったのか」をしっかりと刻印し、目に見える形での「けじめ」をつけるべきではないだろうか。
(了)